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『ナノ材料への被ばくがヒトの健康に及ぼし得る影響を特定する為の原則』:
報告書発表会見と報告書の概要
NEDOワシントン事務所
松山貴代子
2005年10月26日
多種類の人造ナノ材料(engineered
nanomaterials)の急速な普及は、毒性確認という面で世界各国の規制関係者達を悩ませている。米国においては環境保護庁(Environmental
Protection Agency =
EPA)が中心となって、ナノ化学品に関する自主報告プログラムを検討(注1)しているほか、非営利団体の国際生命科学協会(International
Life Sciences Institute =
ILSI)、業界連合であるナノビジネス同盟(NanoBusiness
Alliance)、ライス大学付属のナノテクノロジー生物環境センター(Center
for Biological and Environmental Nanotechnologies =
CBEN)、ロチェスター大学等もナノテクノロジーの安全性問題に関する研究を行っている。
ILSI付属、リサーチ財団/リスク科学研究所(Research
Foundation/Risk Science Institute =
RF/RSI)では、ナノ材料の毒性をスクリーニングするために必要な重要要素を検討するため、EPAとの共同研究開発協定(Cooperative
Research and Development Agreement =
CRADA)を行っている。ILSI
RF/RSIのナノ材料毒性スクリーニング作業部会(Nanomaterial
Toxicity Screening Working
Group)はこのCRADAプロジェクトの下で2005年2月に設立されたグループで、その研究結果をまとめた報告書が人造ナノ材料の毒性をテストするための国際戦略案として2005年10月6日に公表された。ここでは、同作業部会がウッドロー・ウィルソン国際センターで10月20日に行った、『ナノ材料への被ばくがヒトの健康に及ぼし得る影響を特定する為の原則:スクリーニング戦略の要素(Principles
for characterizing the potential human health effects from
exposure to nanomaterials: elements of a screening
strategy)』(注2)という報告書の発表会見、および、報告書の内容を概説する。
1. 報告書発表会見の概要
2005年10月20日に行われた発表会見には、ILSI
RF/RSIのナノ材料毒性スクリーニング作業部会(注3)を代表してILSI
RF/RSIのJulie
Fitzpatrick女史、デュポン社ハスケル衛生科学研究所のDavid
Warheit博士、および、ウッドロー・ウィルソン国際センターのAndrew
Maynard博士(司会者)が出席したほか、EPAを代表してOPPT化学物質管理室のJim
Willis室長(注4)が列席した。
【出席者の発言】
- Andrew
Maynard博士:ナノ材料は、様々なベネフィットが期待される一方で、人体や環境へ危険な影響をもたらす可能性が懸念されている。ILSIのこの研究プロジェクトは、(1)米国内外の多分野の専門家から意見を聴取し;(2)ナノ材料の毒性問題に対応する方法を明確に打ちだし;(3)共通の評価ベースを設定するために実施された。
- Julie
Fitzpatrick女史:この報告書を作成するため、作業部会は2005年2月に3日間の会合を開催し、吸引(inhalation)、経皮(dermal)、経口(oral)、注入(injection)というナノ材料の人体侵入経路を調査した。この報告書では毒性スクリーニング戦略の重要3要素として、(1)物理化学的特性確認(physicochemical
characterization);(2)in vitro試験手法(assay);(3)in
vivo試験手法を挙げている。この報告書がナノ材料のリスク評価に大きな貢献をするものと信じている。
- David
Warheit博士:同報告書の主要提言は産業界にとても適切なものである。報告書は2005年11月にスペインのバルセロナで開催されるECETOC(European
Centre for Ecotoxicology and Toxicology of
Chemicals)主催のナノ材料ワークショップに提出される予定である。この報告書は、(1)物理化学的特性確認;(2)in
vitro試験手法;(3)in
vivo試験手法を答申している。報告書ではin
vitro試験手法を幾分強調しているが、これは未だに立証されていない試れていない試験方法であるため、個人的には、in
vivoこそが基本的に重要な試験手法であるとみている。現時点では、人造ナノ材料に関するデータは極僅かであるが、今後数年でこのデータベースを大幅に拡張する必要がある。
- Jim
Willis室長:EPAは、自庁のナノテクノロジー専門家達を招集して、白書(注5)を作成している最中である。この白書の発表予定は2006年1月であるが、それに先立って2005年11月にはEPAの科学政策委員会(Science
Policy
Council)へ上程され、検討される予定である。ILSIが今回発表した報告書は、EPA白書で取り上げていない幾つかのトピックを取り扱っているため、EPA白書にとって価値ある補足資料になると考えている。白書とはいかぬまでも、何らかのドキュメントを2005年12月中に発表したいと考えているが、時間的制約のために2006年へとずれ込む可能性がある。EPAではまた、産業界にセイフティーネットを提供するため、既存化学物質
対
ナノ材料の問題についても検討している。米国汚染防止・毒物諮問委員会(National
Pollution Prevention & Toxics Advisory
Committee)のナノ材料に関する特別作業部会が2005年11月に公表予定の最終提案には、基礎プログラム(Basic
tier)と詳細プログラム(In-depth
tier)という2つの自主報告プログラムが盛り込まれる見通しである。
【質疑応答】
- 同報告書のピアレビューの如何 …
報告書を掲載したParticles and Fibre
Toxicologyという専門誌はピアレビュ−誌であるが、この報告書はピアレビューされていない。これは、多数の異なる分野の専門家によって書かれたILSI報告書をピアレビューする必要はないと同誌が判断したためである。
- これまでに発表された他の報告書とILSI報告書との違いは、(1)多分野の専門家がこの報告書策定に貢献して、コンセンサス作りに努力した点と、(2)重要要素として物理化学的特性が追加された点である。
- 12月OECDワークショップへの期待
…欧州の数ヶ国が、EPAの自主的アプローチに関心を示している。NPPTAC文書とILSI報告書がOECDワークショップで討議の出発点となることを期待している。ILSI報告書は、ナノ材料の試験・評価アプローチを調整する上で有用である。
- NPPTACやTSCAは、ナノ材料の環境面の懸念に十分対応していないという批判
…
TSCAは化学物質の為に設置された規定であって、ナノ材料を念頭においたものではない。しかしながら、化学物質とナノ材料の双方には共通部分があり、EPAではナノ材料の安全性に関してもTSCAを土台として使うことが出来ると考えている。このため、産業界や環境保護団体、その他の利害関係者を一同に集めて、幅広く意見を聴取してきた。
- ナノ材料には多くの不明点があるため、同報告書の提言する試験アプローチがナノ材料毒性スクリーニングに有効であるとは断言できない。しかしながら、これら試験アプローチは、現状下で可能な最善のアプローチであるといえる。
- EPAが新規ナノ材料を認可したと聞いたが、EPAはNPPTACが基準・規定を策定している最中に、新規ナノ材料をどうやって評価・認可出来るのか?
…
現行法により、EPAでは提出された物質の査定評価を一定期間以内に行うよう義務付けられている。EPAでは、これまでに蓄積してきた化学物質の評価法に基づいて新規ナノ材料の評価・認可を行っている。
2. 報告書の概要
人造ナノ材料(注6)は、既存製品の性能改善やユニークな新製品の開発に新たな好機を提供している。これまでは、金属酸化ナノ粒子(metal-oxide
nanoparticles)や炭素ナノチューブといった比較的シンプルなナノ構造材料を高性能材料やエネルギー貯蔵・変換、自己清浄コーティング剤や防汚性繊維等に利用することが中心であったが、今後は、より複雑な構造を持つナノ材料の研究が医療診断や治療、および、先進エレクトロニクス等への応用に繋がるものと期待されている。新たなナノ材料が出現するにつれ、その潜在的な毒性を評価できる枠組みを整備することが重要となる。ILSI報告書ではナノ材料毒性スクリーニング戦略要素を、リスク査定評価プロセスにおける第一ステップとして説明している。ここでは、同報告書の目標とスコープ、および、スクリーニング重要3要素と、各々の研究課題、それに対するILSI作業部会の提言を概説する。
【目標とスコープ】
- ILSI
RF/RSIのナノ材料毒性スクリーニング作業部会では、詳細な試験プロトコルを設定するというよりも、むしろ、人造ナノ材料の毒性スクリーニング戦略の重要要素を確認することを目標とする。
- 吸引、経肌、経口、注入によって体内に侵入したナノ材料の影響を調査し、ナノ粒子の毒性メカニズムが同一化学物質の大きな(100nm以上の)粒子のそれと如何に異なるかを討議し、健全なスクリーニング戦略を策定する為のデータニーズを確認する。
【ナノ材料スクリーニング戦略の重要要素】
1.
物理化学的特性確認:材料の特性と関連させてデータを解明し、異なる調査研究との比較を行い、危険性に関する結論を下す為には、毒性スクリーニング試験に使用されるナノ材料の適切な物理化学的特性確認が必要不可欠である。
<研究課題>
- 実用的なin vivoナノ材料検出技術の開発
- エアゾール質量濃度、表面密度、粒子径分布(particle
size
distribution)用の廉価なリアルタイム測定装置や手法の開発
- 特性が十分確認されたナノ材料サンプルの作成
- 放射能標識(radio-labeled)ナノ材料サンプル、および、中性子放射によって観測・検出の可能なサンプルの作成
- 表面化学(surface
chemistry)の特性確認技術の改善
- ナノスケールでの分析を行うための電子顕微鏡技術の開発
<提言>
- 有意義とみられる全てのナノ材料特性を毒性スクリーニング試験の際に測定すべきである。
- ナノ材料の毒性スクリーニング試験において、(i)粒子径分布;(ii)集塊性(agglomeration
state);(iii)形状;(iv)結晶構造;(v)化学的組成;(vi)表面積;(vii)表面化学;(viii)表面電荷;(ix)多孔性といった特性を明らかにすべきである。
- 製造者や供給者の提出する情報で満足せず、可能な限り、独自のナノ材料特性確認を行うべきである。
- 最新のナノ材料特性確認装備を有する研究グループと分析グループの間の学際的な協力を推進すべきである。
- 全てのナノ材料毒性スクリーニング研究において、ナノ材料の造成、準備工程、貯蔵、変質(heterogeneity)、集塊性に関する情報を記録すべきである。
2. In vitro試験手法: In
vitro手法は、特定の生物学的経路(biological
pathway)と機械学的経路(mechanistic
pathway)を隔離し、制御された環境下で実験することが可能であるため、肺や皮膚や粘液膜を対象とする局所的毒性、および、内皮・血液・脾臓・肝臓・神経系統・心臓・腎臓を対象とする標的器官毒性の検査に適している。
- <研究課題>
- ナノ粒子の毒性やトランスロケーションをまねくパラメーターの確認にはin
vitroが必要。
- in
vitroパラメーターの測定値に基づいて毒性を予測する、ナノ粒子毒性パラダイムの策定で、in
vitroデータが必要。
- 適切な細胞や組織の選定、および、in
vitro試験手法で使用すべき適用量の決定で、トキシコキネティック的データの利用が必要。
- in
vitroテストに適したベンチマーク材料の選定と準備。
- in
vivoモデルから得られる適切な機械学的情報がないままに、in
vitro調査結果を如何に判読するか?
<提言>
- ナノ粒子の潜在的毒性を迅速かつ比較的廉価に評価できるin
vitroテストを推奨する。
- 結晶性シリカや吸入性TiO2を始めとする全研究において、「ベンチマーク」粒子照査規準(particle
controls)を活用すべきである。
- ナノ粒子の耐久性、補体活性化(complement
activation)、吸収、フリーラジカル生成といった非細胞(non-cellular)テストは、ナノ粒子の潜在的な危険性に関する貴重なデータを提供できるため、これを活用すべきである。
- 肺は重要な標的器官(target
organ)であるため、肺の上皮細胞、マクロファージュ、免疫細胞、ファイブロブラストが、炎症・線維症・遺伝子毒性等に重点をおくナノ粒子影響調査で重要細胞となる。
- ナノ粒子は脈管系統へ入り込む傾向があるため、このin
vitro調査に特別な注意を払うべきである。
- ナノ粒子の脳への移動、および、ナノ粒子と肺内自律神経系との相互作用が報告されている。ナノ粒子がこうした重要な神経細胞に及ぼす影響を調査するため、in
vitroモデルを活用すべきである。
3. In vivo試験手法:ナノ材料のin
vivoテストは二段階アプローチで行われる。Tier
1では、吸引、経口、経皮、注入という被爆経路の全てを評価し、Tier
2の肺を冒す被爆の評価では、蓄積、転位、生体内蓄積性(biopersistance)、マルチ被爆の影響、生殖機能や胎盤、胎児への潜在的影響等も調査する。ナノ材料のin
vivo試験には、上記1に記したテスト材料の特性確認が必要不可欠である。
- <研究課題>
- ナノテクノロジー業界では何がどれほど造成されているのか?
- 仕事場での被爆レベルはどれほどか?
- 被爆経路は何か?
- 蓄積、転位、生体内蓄積性の調査には放射能標識粒子が必要であるが、これは、標識材料を認知・取り扱うことの出来る特殊な研究所が必要であることを意味する。
- 研究者には、レファレンスとなるナノ材料が必要である。
<提言>
- Tier 1試験では、in
vitro、および、吸入・経口・注入・経皮という被爆経路を含む研究を実施すべきである。
- 動物実験での被爆は、ヒトの被爆に相応するものであることが重要である。
- 被爆が肺を冒す場合、炎症、酸化ストレス、細胞分裂、および、肺以外の器官へのダメージを測定するほか、肺の生検を行うべきである。
- Tier 2試験では、a)敏感なモデル(susceptible
model)の使用;b)マルチ被爆;c)蓄積、転位、生体内蓄積性;d)生殖機能への影響;e)機械論的手法、ゲノム解析、プロテオーム解析、を含んだ研究を検討すべきである。
注釈:
1:EPAの汚染防止・毒物部(Office of Pollution
Prevention and Toxics =
OPPT)では、ナノ材料リスク管理のために新たな規制を策定するのではなく、既存の化学物質統制法である『有害物質規制法(Toxic
Substance Control Act =
TSCA)』を使うことを検討し、「ナノ材料自主的パイロット計画(nanoscale
materials voluntary pilot
program)」を草稿した。2005年6月23日には首都ワシントンでこのパイロット計画に対して利害関係者から広く意見を聴取するため公開会合が開催され、EPAはその結果を踏まえて、米国汚染防止・毒物諮問委員会(National
Pollution Prevention & Toxics Advisory Committee =
NPPTAC)の下にナノ材料に関する特別作業部会(Interim Ad Hoc
Working Group on Nanoscale
Materials)を設置。この特別作業部会の策定したナノ化学品に関する自主報告プログラム草案は2005年9月29日の公開会合で紹介され、そこで得られた一般からのインプットを考慮に入れた自主報告プログラム案が10月12日にNPPTAC本委員会へ上程されるに至っている。しかしながら、10月12〜14日に開催されたNPPTAC会合では、同プログラムの名称、目的、対象者、インセンティブ、実施期間やスケジュール等で合意が得られず、11月末または12月初めに公開の電話会合を開催して最終提言をまとめることとなった。ナノ化学品の自主報告プログラムに関するNPPTACの最終提言は首都ワシントンで2005年12月7日から9日まで開催される「ナノ化学品の安全性の取り扱いに関するOECDワークショップ」において紹介される見通しである。
2:同報告書の全文は、http://www.particleandfibretoxicology.com/content/pdf/1743-8977-2-8.pdf
で入手可能。
3:発表会見に出席しなかった同作業部会のメンバーは、ロチェスター大学のGunter
Oberdorster博士(作業部会議長)、エジンバラ大学(英)のKen
Donaldson博士、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)のVincent
Castranova博士、ライス大学のKevin Ausman博士、Procter &
Gamble社のJanet Carter女史、EPAのBarbara
Karn女史、GSF国立環境衛生研究センター(独)のWolfgang
Kreyling博士、EPAのDavid Lai氏、ノースカロライナ大学のNancy
Monteiro-Riviere博士、ロチェスター大学のHong
Yang博士。
4:EPAが2005年6月23日に主催した公開会議では、同氏が司会を務めた。
5:Willis室長に問い合わせたところ、この白書は、ナノテクノロジーが人体や環境に及ぼし得る影響、および、ナノテクノロジーの環境目的利用について検証する白書であって、NPPTACのプロセスおよび自主報告プログラムとは全く異なるものだという。EPAの科学政策委員会は2004年12月に、この白書策定を担当する庁内ナノテクノロジー作業部会を招集しており、Willis室長とEPA研究開発室(Office
of Research and Development)のJeff
Morris室長がその共同議長を務めている。同白書では、ナノ材料が環境にもたらし得るリスクを理解し、ナノテクノロジーのもたらす環境保護面での進歩から社会が利益を得ることを保証するために、EPAが取り上げねばならない課題を説明するという。
6:ILSI報告書では、少なくとも物質の一面が100ナノメーター(nm)未満の構造特性を持つように造形・加工された材料を、人造ナノ材料と定義づけている。
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